【2018年7月5日公開2020年2月更新】
ここへきて(どこへきて?第二の思春期、コーネンキ)マンガをよくみている、猫目宝石@nazekiniです。
マンガからは実にいろいろなことを教わってまいりました。
マンガでその存在を知った食べ物もありまして。
さて。
先日「シンデレラ賞」作品について記事を書きました。
今回はその「シンデレラ賞」チャレンジ作品第二弾『猫も杓子も』について記事にいたします。
よろしくお願いいたします。
「シンデレラ賞」とは
「シンデレラ賞」とは、1982年=昭和57年、白泉社から今でも刊行されている少女漫画雑誌『LaLa』誌上で行われた人気投票式のコンテスト。
当時の若手人気作家による、前後編100ページの読み切り作品はどれも見応え十分のステキな作品ばかりで、私はそれも毎号楽しみに『LaLa』を購入しておりました。
第一弾は、篠有紀子による『ときめきにリボンをかけて』でした。
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『猫も杓子も』とは
「シンデレラ賞」チャレンジ作品第二弾は、星崎真紀による『猫も杓子も』
少女漫画雑誌『LaLa』1982年=昭和57年6月号、7月号に掲載された作品。
単行本『黄昏シティグラフィティ』の第5巻に収録されています↓
『黄昏シティグラフィティ』は「マンガ図書館Z」で全巻無料でご覧いただけます。
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「マンガ図書館Z」はアプリもありましたが、2020年12月28日をもって終了となってしまいました💦
ちなみに『黄昏シティグラフィティ』は、三つ子が主人公のお話。
こちらもおしゃれなシティグラフィティ♪楽しくてステキな作品です。
『猫も杓子も』あらすじ
中高一貫の女子高に通っていた”グリコ”は、中等部卒業式のその日に、
「あたし上の学校には行きません
退学します」
と”高校浪人宣言”をし上京、寄宿生活を始めます。
ルームメイトで、父の作家仲間の娘である”藍子さん”、イラストレーターの”秀二さん”、秀二のルームメイトでカメラマンの”多聞さん”の3人は、寮内では浮いていて、いささか孤立している模様。しかしグリコはそんな3人にひかれてゆき、3人もグリコと打ち解けてゆきます。
ある日、グリコは健康のためにジョギングを始めようと、寮に張り紙を出します。始めは、敬遠気味だった寮の住人たちも、だんだんグリコのペースに巻き込まれ、寮全体が盛り上がっていきます。
そんな中、多聞が撮影したグリコの写真をもとに、秀二が描いたイラストが雑誌の表紙を飾ります。ハッとしうろたえるグリコのもとに、雑誌記者が取材で現れ、グリコの正体が明らかになります。
グリコは、”篠崎瑠璃子”の名前で”文芸時代賞”を史上最年少で受賞していた作家だったのです。それが原因で、学生生活がうまくいかなくなったと感じていたグリコでしたが、ここへきてまた再び、寮の住人たちとの間にも気まずい空気が流れ始めてしまいます━
『猫も杓子も』感想
15歳の少女グリコの成長物語ですが、当時の感想を一言でいうと、オシャレ~でしたね。
藍子さんが、着物をガウンのように着ていたり、”昔アメリカ人の宿舎だった”という寮の広い部屋の天井には「い・け・な・いルージュマジック」のポスターが貼ってあったりw
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80年代当時の日本のファッションや風俗がさりげなく描かれています。
ストーリーも成長物語とはいえ説教臭くなくて、そこがまた洒落てると。
この物語を無性に観たくなって、検索かけて、マンガ図書館Zにたどりついた私でしたが、この作品を再び拝見して
「ああ、私も書くことが好きだったな」
と思い出したのでした。
それが、ナゼかはわからないけれど、とてもキニなることには、何かがある━忘れていた大事な何かを思い出させたり━そう思い始めた切っ掛けだったように思います。
『猫も杓子も』で知ったラザニア(ラザーニャ)
なんといっても、この作品で私が初めて知った「ラザニア」。
『猫も杓子も』作品内の七夕パーティのメニューということで登場したのですが、当時中学生の私、ラザニアって、何そのおしゃれそうなモノは?!となったワケです(笑)
ラザニアについて調べようにも、当時はパソコンってもパソコン通信があったかなかったか、とにかく今みたいにインターネットで検索なんてできなかったので、どんな料理かモンモンしておりましたっけ。
結局いつ正体がわかったのか、十代の内には好物になっていたラザーニャ。
ホントにいつ知ったんだろう、てか食べたんだろう←食べたら忘れるw
※以上全て敬称略
最後までお読みいただき、
ありがとうございます🍀
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