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2サスの原点これにあり【ゼロの焦点】清張没後30年で沼にハマってみようかと思ったお話7【松本清張】感想

当ブログをご覧戴き有難う存じます

2022年=令和4年は松本清張没後30年だそうで、松本清張原作とうたった映像化作品を多数観るチャンスがありましたので、この機会に未読の原作本と合わせて楽しもうと、

私も清張沼にハマってみる?キャンペーン(キャンペーン?)

を始めました。

 

今回は『ゼロの焦点』について。

よろしくお願いいたします。

『ゼロの焦点』とは

 

『ゼロの焦点』は、はじめは『虚線』というタイトルで『太陽』誌上に連載されていましたが、『太陽』が休刊となったため、当時『宝石』編集長であった江戸川乱歩『宝石』誌上で執筆するよう依頼、1958年=昭和33年『零の焦点』というタイトルで『宝石』での連載が始まった、というエピソードがあります↓

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ゼロの焦点(新潮文庫)

 

 

『ゼロの焦点』あらすじ

 

10歳年上の鵜原憲一と見合い結婚した禎子は、新婚旅行後、仕事の引継ぎのために金沢へ旅立った夫を新居で待ち続けていた。予定を過ぎても戻らぬ夫を待ち続けていた禎子のもとに届いたのは、夫が行方不明になったという知らせであった。急遽金沢へ向かった禎子は、夫の後任本多の協力を得て夫の足取りをたどる。夫の兄宗太郎も出張の折に金沢へ立ち寄り禎子を気遣うが、その後何者かによって毒殺されてしまう━

 

映画「ゼロの焦点」キャスト

 

1961年=昭和36年2009年=平成21年映画化された『ゼロの焦点』ですが、私が観た昭和36年版について書いてゆきます。

 

昭和36年の映画「ゼロの焦点」

ゼロの焦点

 

主人公禎子役を久我美子

失踪した禎子の夫、鵜原憲一役を南原宏冶

憲一の兄、宗太郎役を西村晃

憲一の後任者本多役を穂積隆信が演じてらっしゃいます。

 

また憲一にかかわる人物として、

室田儀作役を加藤嘉

室田夫人役を高千穂ひづる

室田耐火煉瓦株式会社の受付、田沼久子役を有馬稲子

 

宗太郎役として沢村貞子がご出演されたことも明記しておきます。

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ドラマ「ゼロの焦点」とその感想

 

『ゼロの焦点』は過去数回ドラマ化されていますが、私は昭和36年の映画作品を観る前に、1991年=平成3年のドラマ版を観ました。

 

主人公禎子役に真野あずさ

禎子役に岩本多代(いわもとますよ)

鵜原憲一役に並木史朗

鵜原宗太郎役に岸部一徳

本多役に藤堂新二

室田儀作役に神山繁(こうやましげる)

室田夫人役に増田惠子

田沼久子役に芦川よしみ

北村警部補役に林隆三

北村の母役に乙羽信子

脚本新藤兼人です。

 

キャスティングは豪華✨でしたが、正直なところかなりつまらなった。

これはドラマ作品がどうというのではなく、物語そのものがつまらないという感想。

 

どうして何度もドラマ化されているのかがさっぱりわからない、と、原作も未読だったので、余計にドラマを観てそう思いました。

 

また、平成3年のドラマ版は、テーマに反して軽いという印象を受けたのですが、これは原作が冬なのに対して、ドラマは初夏に撮影されたということも関係ありそうです。せっかくのキャスティングが生かしきれてないというか(何様?)、どうしようもなく事件を起こしたハズなのに、軽々しく見えて、しらけてしまったという感想。

 

 

『ゼロの焦点』ネタバレ感想

 

まず1961年=昭和36年の映画作品の感想から。

 

映画中盤、夫を探しに行った禎子は、自殺した曽根益三郎という人物が夫鵜原憲一なのではないかと推理します。そして、夫はこの北陸の地で内縁の妻と生活していた、つまり二重生活を送っていたのではないか━

 

そして、真犯人と思しき人物を呼び出し、自分の推理を語り始めます。

ここからネタバレ

禎子が呼び出したのは室田夫妻。

夫と思われる、曽根益三郎が飛び降りたとされる、ヤセの断崖に二人を呼び出し、推理を語る禎子危なくない?

もし推理通りなら犯人に突き落とされかねないよね?

というツッコミを入れそうになりましたが、この映画のすごいところは、そういうツッコミを入れること自体が野暮と思わせる点。

 

場面は禎子の想像の犯行シーンとなり、観ている方はすっかりそちらに夢中になります。

 

禎子の推理が終わると、今度は室田夫人

「ちがうわ。まるで違う」

と反論、いよいよ真相の回想シーンです。

 

禎子の夫、鵜原は警察の風紀係だった経歴があり、それを禎子には隠していました。風紀係というのは、戦後の米兵相手の女性たちを取り締まる仕事をしており、その時に内縁の妻の田沼久子室田夫人と知り合っていたのでした。

 

禎子の推理では、今では地元の名士となっている室田夫人が、その暗い過去を暴かれるのを恐れて計画的に何人もの人を手にかけた、というものでしたが、映画の真相は、鵜原室田夫人の過去を知っていていつか恐喝されるのではないかという、夫人自身の強い恐れのあまり、鵜原の方はすっかり忘れていた過去を夫人自らが思い出させてしまうし、久子に関しては別の人間に飲ませた毒入りウイスキーを久子が飲んでしまったという、墓穴を掘り続けたとしか思えない室田夫人の不幸さ加減。

 

映画の室田夫人は飽く迄美しく気高く、知性あふれる人物で、そんな人物が禎子を突き落としたりはしない、と観ている方に思わせます。そう、犯人に同情してしまうんです。

 

そして、このシーンを観て、どうして2時間ドラマ(2サス)で犯人を崖に追い詰めるのかがよくわかりました。

映画「ゼロの焦点」を観るとマネしたくなるのも無理はない。

それくらい素晴らしいシーンでした。

 

みうらじゅんが、

「ドラマはぬるい、映画を観て」

と仰っていた理由も腹の底から納得致しました。

 

ただ、鵜原憲一はなぜ二重生活をしていたんだろう、内縁の妻とさっさと結婚していればこんなことにはならなかったんじゃ?という疑問が残りました。

 

そして、原作本を読了。

これ「ゼロの焦点」については、映画の方が断然面白かった。

 

まず、肝心の崖での告白シーンは原作にはありません。

 

連載当時、休載したり、かなり松本清張は大変だったらしいですが、なんとなくそれが感じ取れるような内容でした。

 

連載ということで、これは松本清張のサービス精神からきているのではないかとも思いますが、なんせ同じ説明の繰り返し、一冊の本でそれが続くとうんざりします。

 

また、ある意味度肝を抜かれたのが、事件の真相が明かされなかった点。

 

原作では禎子の推理の上でのみ謎解きがされ、最後の最後に室田夫妻を追って駆け付けた禎子に、室田儀作

「もう私からお話しすることはないでしょう。

ここに来られた以上、あなたには、もう、すべてがお分かりになったと思います。」

と告げて終わっています。

 

雑。

 

室田儀作、超能力者かよ。

 

そして室田夫人もなぜか船で荒れ狂う海に漕ぎ出すという、逃げたいのか、そうでないのかまるで分らないエンディング。

 

そして、やはり原作でも鵜原の二重生活の理由がまるでわかりませんでした。

 

結局、どうも鵜原田沼久子との生活はその場しのぎで、ゆくゆくは東京で出世したい、東京で暮らしたい、ということから禎子との結婚に乗ったようですね。しかし、鵜原は優しい人物のように描かれていた点から出世欲だけでそんなことになるのか?という疑問を持ったのですが、優しい、優柔不断な人間だからこそ田沼久子に別れを告げることができず、偽装自殺で逃げようとしたのかなと思いました。

となると、自業自得やん。

 

ここまできて、はじめて清張の「みとるぞ」感というか、傍観ぶりというか、はっきりわかって、改めて、清張作品での”犯人”は全て自己中心的、己の欲に足をすくわれているのだなあとわかりました。犯人に一切の同情の余地なし。

 

それにしても、清張は時代に合わせて作品を作り続けてきたので、作品発表当時のことを知らないと、まったくわけがわからず、ともするとつまらない。

 

そんなわけのわからない中でもとびきりわからなさ1000%な『ゼロの焦点』が時代を超えて何度も映像化されているのは、昭和36年の映画の踏襲なんだろうなあと。

 

これは、「砂の器」との共通点だなあと。

 

映画「砂の器」も感動的で、以降の映像化作品は全て映画作品を倣っていて、原作とはまるで別の世界を描いています。

 

私自身は「砂の器」に関しては、特にトリックの点で断然原作に軍配が上がりますが、映画も素晴らしいと思います↓

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昭和36年の映画「ゼロの焦点」は2サスの原点であることが体感?できた今回の一人清張沼キャンペーンでした。

 

※以上全て敬称略

最後までご覧いただき、

ありがとうございました😄

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